※2011年2月9日に書かれた記事です
人生に起こることのうち
悪いことには過剰に反応し
良いことには気付かないで淡々としている
というのが不幸な人のパターンであるということに
わたしはある時気付きました。
感謝というのは誰かが何かをしてくれたときに
「ありがとう」ということではないと思います。
自分が与えられているものに気づいて
その恵みを甘受することではないかと思うのです。
自分の人生をよく見つめてみれば
感謝する事柄で溢れていることに気がつきます。
現代という時代を考えてみましょう。
ほんの50年~100年前まで
「安全にその日を終えられるという保証はない世界」に
わたしたちの親や先祖は生きていました。
戦争という安全とは対極の状況はもちろんですが
疫病 飢饉 また住宅環境も今のように整ってはいませんでした。
たとえば今あなたが受け取っている情報のシステムを見てみましょう。
あなたの知りたいほとんどの情報は
インターネットや携帯電話などの最新のシステムによって
ほとんど無料でリアルタイムに 労力をかけずに得ることができます。
あなたがどこかに行きたい時
わずかなお金で安全に楽に移動することができます。
50年前には外国に行くには桁違いのお金と時間が必要でした。
200年前には電車はまだなく、100年前には車は大変な贅沢品でした。
100年前に生きていた人は
今のあなたの人生と自分の人生を取り替えたいと思うのではないでしょうか?
今 病で呼吸するのが苦しいほどの状態の人から見たら
何の苦もなく呼吸しているあなたの健康は
何よりも欲しいものなのです。
まずあなたの受けている恵みに気がつくことができなければ
それ以上のものを受け取ることはできないと思います。
聖書にも書いてあります。
「持てるものはますます富み
持たないものは持っているものさえも失うだろう」と。
ないもの探しはやめて
今自分が持っているものを確認してみませんか?
自分が不幸だと思っているうちは
幸せになることは難しいのですから。